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奨学生フィールドワーク「第五福竜丸展示館」を見学して

海沿いの展示館へ

こんにちは、看護学生室です。

毎日暑い! 暑いですね! 

台風の接近により荒天があったりと、夏を感じる天気の毎日です。

夏休みも始まった頃ですが、今回もフィールドワークのご報告です。

 

フィールドワークも今回で5か所目となりました。暑い中でも奨学生の皆さんは学習に励んでいます。

今回は、夢の島公園にある第五福竜丸展示館へ行ってきました。

新木場の駅から徒歩10分程度の場所にある展示館です。海沿いだからか、潮風を感じるような場所です。

 

展示館に足を踏み入れてまず目に入るのは、巨大な船! 建物の中に第五福竜丸がすっぽりと収まっています。

海沿いの展示館へ

海に打ち捨てられていた第五福竜丸をボランティアスタッフが清掃し、その場所に展示館を建てたということでした。しかし、巨大な船ですが、今でいう冷蔵庫のような設備はありません。聞けば船底に氷を敷き詰めて、獲れた魚を冷やしながら持ち帰ったとか。この設備で遠洋漁業に出ていたと思うと、驚いてしまいます。

その船の下で、ボランティアの方より説明を聴きます。

水爆実験による大きな被害と……

第五福竜丸は、ビキニ環礁でアメリカ軍が行なったキャッスル作戦に巻き込まれ、被ばくした船の名称です。

1954年当時は第二次世界大戦終戦後間もなく、食糧難が尾を引いていました。

マグロなど栄養価の高い食料が全国的に足りないという国の事情があったということです。

第五福竜丸も遠洋漁業で、マーシャル諸島近海へと出向きました。

この時、目標よりも釣果が少なかった第五福竜丸は、魚を求めて遠方へ進んだところで3月1日に水爆実験(キャッスル作戦・ブラボー)に遭遇してしまったのです。

西の空が赤く染まり、日の出と勘違いするような明るさだったといいます。

危険を感じ、すぐにでもその場を離れたかった第五福竜丸ですが、はえ縄漁の網の回収に手間取ったこともあり、全員が水爆実験に巻き込まれることとなってしまったのです。

乗組員は死の灰(放射性降下物)が降り注ぐ中、2週間の船上生活を強いられ、火傷、頭痛、嘔吐、目の痛み、歯茎からの出血、脱毛など急性放射線症状を呈し、帰国後の検査では「急性放射線症」と診断されました。

また、事件が一般に報道されると「放射能マグロ」として風評被害が発生しました。このとき獲れた魚はすべて破棄されてしまったそうです。

その後、無線長であった久保山愛吉さんが亡くなり、「原水爆による犠牲者は、私で最後にしてほしい」と遺言したことを契機に日本で反核運動が生まれることとなりました。

資料館には第五福竜丸を取り囲むようにしてたくさんの展示品、パネルが並んでいます。

実際に降下した「死の灰」や、航海日誌、放射能を測るためのガイガーカウンターなど生々しい展示が多くありました。

その中には、打ち捨てられていた第五福竜丸の写真もありました。船を引き揚げ、清掃に取り組んだ方々の苦労がにじみ出る一枚でした。

水爆実験による大きな被害と……

日本は1945年に第二次世界大戦で広島・長崎に原爆を投下され被ばくした国ですが、そのたった9年足らず後にこのような惨禍があったことを、私たちはもっとよく知るべきなのかもしれません。

また、放射能に関わる展示を見ているうちに、2011年に起きた東日本大震災における原発事故の記憶もよみがえってきました。原発による放射能汚染の問題も、解決の道が見えない大変な問題として山積しています。

日本は平和な日々が続いていますが、世界を見渡すと核実験を行なう国、内戦中の国、色々あり、平和と呼ぶには程遠い現実もあります。

こうした過去を知ることは、これからの平和を保っていく道を教えてくれる道しるべなのかもしれないな、と思いながら展示館を後にしました。

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